昔つれづれに(7) 相手国を理解するために

 

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川崎市のご自宅で

地図の世界にも変革の風                   1990年02月 局報
\重要性増す一方  収集家、昭和電工会長訪ねる/

 

 地図の収集家で知られる昭和電工会長の岸本泰延氏のご自宅を訪れた。川崎市の住宅街。庭に「酒斎」と銘した地図の宝庫があった。
 高さ2㍍、幅3㍍の書架五本には世界各地の地図がきちんと整理されている。地図は、海外出張の際に買ったものや、友人や知人に頼んで手に入れたものも多いという。
 
 地図との出会いは、小学生のころにさかのぼる。教室に張られている世界地図の前で、国名を当てて遊んだり、出身地の岡山の町の家が一軒ずつ正確に描かれているのを見てびっくりしたのを覚えているという。

 

   \好きな地図は地形図/

 岸本さんが好きな地図は地形図。「実際の地形に興味を持っています。そこに、本当の自然の姿を見つけ出すから。しかし、日本にはねえ、自然の地形というものがあまりないんです。みんな人手が加わっていて」と残念そうに話す。「自分だけの発見って楽しいものですねえ。汽車に乗っていても、窓から見えるさまざまな風景、その少し向こうには飛行場がある。窓からは見えませんが地図を見ることでわかります。かつて、南米のアマゾン川が、オリノコ川(注1)上流でいっしょになっているのではないか、ということを調べたことがあるんです。現地の人に聞いても知らんのですねえ。絶版になっていた地図ができたというので、見たらちゃんと書いてあるんですね。 NHK が、合流地点を空撮して確認するまでに5年余かかりました」

 

   \今は曲面地図に熱中/

 岸本さんは今、地球儀などの曲面地図に熱中しているという。六角形と五角形の皮を縫い合わせたサッカーボールと、周囲に数百のディンプルがあるゴルフボールを地球にみたて、曲面地図の製作に取り組んでいる。メルカトル図法(注2)で描かれた地図のひずみ具合を自分で描きながら調べているのだった。市販地図はこの方法で描かれている。両極地帯に近づくにつれて、ひずみが大きくなることは知られている。実際にはたいして距離がでないのに、平面図で見ると大変な距離があるように思えるのだ。「それは球を平面に書こうとするからでね。平面でなく曲面に書いてみたら、というのが私の希望なんです」
 空気で膨らませる風船型の地球儀は、曲面地図の良い例だ。「空気を抜いて折り畳むと、紙風船を折り畳んだものと同じになる。これですと、見たい部分を中心に畳むことができるので、便利この上ない。方向感覚も常識とかけ離れません」
 優しそうな目が笑った。「相手国を理解するうえで、その国の教育用地図帳を推薦したいですね。できれば高等学校で使うレベルのもの。その国の人でも全部は知らんくらい詳しく主題図が入っています。長年、海外に駐在している商社マンたちにも、『これはいいですね。素直にいって、われわれが知らないデータがたくさん書き込まれていて勉強になります』と感心されるほどまとまっています」と、岸本さんの話に熱がこもる。
 もう少し時間ができたら、日本の分水嶺をたどってみたいと、興味は果てしなく広がる。

 

   \デザイン室に聞く/
 調査部では現在、手薄だった海外主要都市の地図収集に力を入れてきたが、出稿部の要望にどれだけ応えているのだろうか、という思いが強い。
 そこで、デザイン室の朝日(仮名)チーフデザイナーに相談、地図の利用方法を聞いた。
「出稿部からはいろんな注文が来るので、あらゆる角度からの地図が欲しい。いくらあっても十分ということはない。地形図があれば、もっと精密な地図が描けると思う」
 一般の地図は、航空写真と一緒で上から平面的に描かれている。したがって、紙面にのせる体裁も限られてくる。

 

   \紙面の成否も左右/
 「一枚の地図で間に合うことは、まれ。そこで、八、九割方は何枚かの地図を組み合わせることになる。縮尺がそれぞれ違うので合わせて使うわけだ。最近の地図は多色刷りだから、カラーでないと情報を読み取れない」と、朝日さん。具体例として、「1月25日にニューヨークでコロンビア機がケネディ空港に着陸する寸前に墜落したが、ニューヨーク市街図にはのっていない。市街から少し外れていたんだ。そうすると、郊外の地図が必要になる。都市図並みの縮尺がなく、そこで地形図ということになる。そのとき良い地形図があるかどうか」。朝日さんの話から地図の収集のポイントはわかった。
 東欧、ソ連と変革のあらしが吹きまくっている。アゼルバイジャングルジア、モルダビアなどの地名が、紙面にたびたび登場するようになったのは1989年からだ。
 いつ、どこで、何が起こるかわからない。地図の重要性は今後増す一方だろう。世界各地の地図を収集していきたい。調査部でも、息長く地図収集を続けるが、各局各部の協力があれば、心強い。

 

 

(注1)ベネズエラを流れる南アメリカ大陸の川。ブラジルとの国境付近に源を発している。
(注2)赤道に沿って地球に接する円頭面状に地図を投影したもの。経線と緯線とは互いに直交する直線となる。したがって緯線間の距離は高緯度に進むほど大きくなる。