スコットランドから来たセーター

このセーターを被ると羊さんになった気分です。10年余、着ましたがしっかりしています。

 

 2011年のお話です。
 JR有楽町駅から徒歩5分、有楽フードセンターの「ベレッツァ」に立ち寄りました。店頭に張り出された開店30周年閉店セールの広告にひかれて、なにげなく英国製のセーターを手にしていたら、店の主人がでてきて「値札の半額ですから、どうぞお手にとってみてください」といいます。
手触りや英国の伝統的な柄に感心して見てたら、店の中からこれは、というセーターをもってきてくれます。店先ではゆっくり見られないので、店の中へ。そこでお店や商品にまつわるお話を伺いました。

 このお店の特徴は、貿易屋さんであることでしょう。有名ブランドを扱わず、まだまだ知られていない、その土地だけで愛されている有名無名の品々を貿易屋の目と足で確かめ、自社で輸入しています。そして直接お客様にセールするためにお店が設けられていることがわかりました。

 扱っている商品は、ヨーロッパ製レディスウェア・服飾品ですが、セーターに限っては男性・ユニセックス向けにスコットランドから輸入しています。

 感心したのは、ヨーロッパファッションを中心としたお店を開きたい、経営したい人のために、お店の設計から商品の仕入れ、販売ノウハウの一切につき相談に応じられていることです。

 私たちが手にとった品は、イングランド北部で生産された伝統的なミックス柄のセーターです(写真)。地味ですが見る人が見ればイングランドのセーターだ、とわかるとか。お話では、イングランド北部、北海に浮かぶシェットランド諸島からだそうです。

 シェットランド諸島のニットは、仕事の限られる島での重要な産業になっています。ニット文化を築いてきた老練な女性たちは、物ごころつくかつかないうちに手編みを教え込まれ家計を助けてきました。

 昔からの伝統的な柄に比べ今のニットは、柄模様の多様さと、鮮やかな色彩にあふれています。よく売れる商品となるために取り入れられたのです。
 編み方も変わりました。手編みから手編み機を使うようになりました。おばあさんたちが使ってきた三本の編み棒とニッティングベルトではなく、多くの女性がシンガーの手動編み機を使うようになったのです。だいたい一着14時間で仕上がるそうです。ところが手編みだと、どんなベテランでもなんと一着百時間はかかります。これでは商売として成り立ちません。

 店のご主人が、自分が貿易屋として身を立てることを決めてから今日に至るまでの話をいくつかのエピソードを交えながら話してくれました。
 初めて羊の刈りこみを見たとき、巨大な羊が見る見るうちに子羊のようになってしまったのでそれが可笑しく驚いたこと。部位ごとに仕分けされた原毛が綱引きに使う綱のように撚られてから糸を細く細く撚っていく工程を興味深々見ていたこと。洗浄前の原毛が置かれた石畳の床が毛の持つ脂で長い年月のうちにつるつる、ピカピカになっていたこと。などなど、それはそれは長い物語になります。
「変な話ですが。遭難した漁師が着ているセーターの柄で、どの村のものかわかるんです」。
 私はそのとき、長い冬の間、村の女性たちが編み棒を静かにカチカチあてながら編み込んでいく姿を想像しました。こうして出来上がった手編みのセーターには、その地方、その家ごとに特徴のある柄がでるのでしょうか。そうだとしたら目に見えない伝統の為せる技としかいいようがありません。

 写真のセーターは13,000円。家のなかで過ごすために、これだけのお金を使うのは一年に一度あるかないかの思い切った支出です。今はファスト・ファッションのお店に行けば半値以下で買えます。しかし、環境への配慮や労働者への福祉を考えると、商品の入れ替えの速さと低価格化が進む衣料経済のあり方がおかしいことに心の底では思うのです。今後は生産コストを適正に負担するエシカルなブランドが育つことを期待しています。

 銀座には、他のお店では見られないような品が格安で買えるお店がたくさんあります。有名ブランドに負けない品物を小じんまりしたお店で発見したときのときめき。銀ブラのひとつの楽しみです。